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フライングどん兵衛機関

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あなたはフライングどん兵衛を信じますか?

FLYING DONBEI IS WATCHING YOU

TABERU UKASERU URESHII 浮かびやすいカップ麺どん兵衛を日清に開発させたフライングどん兵衛機関は世界平和をめざします。

フライングどん兵衛の浮かせ方

  1. 食べ終えた空き容器をドライヤーの上にのせる
  2. スイッチを入れる
  3. 浮く

ドライヤーは1000W以上、風速10m/秒以上で送風口が丸いものが望ましい。

※ 浮かせやすいドライヤーはコチラ 外部サイトへ移動します


信じる者のためのF.D.I上位者秘技

LV.1 【阿修羅】前後に並んで腕を交差させるようにフライング

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LV.2 【浮遊する聖杯】フライングさせながらどん兵衛に接吻

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LV.3 【聖天の盟約】そっと抱き寄せながらフライング

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LV.4 【飛麺の掌】フライングさせたまま一回転してキャッチ

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LV.5 【球天動地】片手でお手玉しながらフライング

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LV.6 【念力】成功者はただ一人という秘技中の秘技

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フライングどん兵衛の歴史

ドンバレン=フライングヌスⅠ世/FDI初代会長。FDIを結成のち、自らをも浮遊させ失踪。
腹守動兵衛(はらのかみどんべえ)/日本のFDI会員。秀吉の家臣として活躍したのち、失踪。
ドンバレン=フライングヌス2016/FDI現会長。フライングどん兵衛に関する動画をtweetしたのを最後に失踪したのち、発見。

人類の誕生よりも前に発生したと言われる、フライングどん兵衛機関がめざす世界平和。

ミトコンドリアに刻まれた空への憧憬

近年、世界中で若者を中心に広まっている遊戯がある。日本では古くから親しまれてきたものだが、これが海外の好事家の目に止まり、大陸を飛び越えて大流行した。特殊な用具を使い、それを空中で自在に操るというもので、今なお世界中で数々の技(トリックとも呼ばれる)が考案されている。そしてその技の難易度を競い合う大会も盛んだ。もうお分かりであろう。そう、フライングどん兵衛である。どん兵衛の空きカップをドライヤーによって浮遊させる行為だ。誰しも一度はやったことがあるのではないだろうか。ここではフライングどん兵衛、およびフライングどん兵衛を普及することで世界平和の実現をめざす秘密結社「フライングどん兵衛機関(以下、FDI)」の起源と歴史を紹介する。これらを語るために、まずは生命体の発生から進化までをふりかえろう。

そもそも海中生物であった生命体が陸に上がり、あるものは森へ、またあるものはさらに海を越えて新たな陸地へと。生命体が幾万世代の進化を経たのち、我々人類が誕生するわけだが、地球上で未だ人類が到達していない居住空間がある。空だ。古来より人は空を見上げては、鳥のように自由自在に空中を飛行することを夢見てきた。その空への憧れがフライングどん兵衛へとつながっていると考えられる。つまり、長い年月をかけて自らの肉体を自在に浮かせることができないという(現段階においての)結論にたどりついた人類は、自身の代わりにある対象物を浮かせる擬動行為によって、その欲求を満たすようになったのだ。フライングどん兵衛の起こりは紀元前にまでさかのぼることができる。現在、FDIが浮遊させる素材として公式に使用を認めているものは日清食品のどん兵衛の空きカップであるが、この商品が初めて世に出るのは1976年のことである。文明の叡智とも言えるどん兵衛が発明されるまでは、主に石や木などの自然物を浮遊させていたと考えられる。

FDIの明確な起源については諸説あるが、古代エジプトのピラミッド群建造に携わっていた職能集団を母体とする説が有力視されている。大きなものでは一つの石で十数トンもするというピラミッド。その建造の際にFDIが持つ浮遊技能は大いに役立たったと容易に想像される。ちなみに、エジプトで最も有名な大ピラミッドが四角錐の形をしていることはご存知だろう。この底辺の周囲の長さの和を、ピラミッドの高さの2倍で割ると、およそ円周率(3.14)となる。そして、どん兵衛のカップが円形である。なぜ古代エジプトの民がピラミッドにこのようなサインを込めたのか。FDIからのメッセージと考えるのが自然である。
また同じ頃、ヨーロッパではストーンヘンジが建造されている。こちらもピラミッド同様の巨石を積み上げていることから、ここにも浮遊技能を有する集団の存在がうかがえる。以上のことから、FDIの起源は世界各地で同時多発的に起こったと考えるのが妥当であろう。

シルクロードをひとっ飛び

さて、我が国日本で浮遊技能が広まったのはいつのことだろう。残念ながら日本独自の擬動行為については今のところ資料に乏しく、国外からやってきた渡来人によって広まったと考えるのが定説となっている。紀元前100年頃、西アジアからヨーロッパ一帯にいたるまでFDIは勢力を伸ばしていた。そして人種や言語、宗教といった障壁のことごとくを軽々と越え、独自のネットワークによって世界秩序を保とうとしていた。FDIはもはや一つの職能集団としてくくるには余りある勢力となっていたのである。これを好ましく思わない諸国の王侯貴族など特権階級の者たちは結託し、FDIの会員らを迫害していくことになる。
ついにFDIはその目的である世界平和のために、迫害を続ける諸国の王国貴族らと全面戦争をすることになる。このときFDI側の指導者として人々を導いたのがバビロニア王の子孫といわれるドンバレン=フライングヌスⅠ世である。FDIの公式記録ではこのフライングヌスⅠ世を初代FDI会長としている。この第一次FDI征討の記録を残す歴史書によると、フライングヌスⅠ世らは一切の武器を持たず、相手の武器を浮遊させることで戦意を喪失させるという戦略を取ったようだ。あくまでも世界平和のための戦争であるという構えを取り、決して相手を傷つけることはしなかった。結果はもちろんFDIの敗北。彼らは安住の地を失い、追われる立場となる。そしてヨーロッパを離れユーラシア大陸を東へと逃れることになった。
その頃東アジアでは、呑(どん)の塀帝(べいてい)が権勢をふるっていた。呑は紀元100年までにはコブ盆地のほぼ全域を制圧しヨーロッパへと流れ込む勢いであった。そして西アジアの地で鉢合わせたのがヨーロッパを追われたFDIである。呑は西域進出の足がかりとして堅牢な砦をこの地にいくつも建造していたのだが、内陸地のため川も細く物資の輸送すらままならず、進攻は停滞していた。FDIはその持ち前の浮遊能力を活かして砦の建造を手助けし、見返りとして呑の庇護を得た。こうしてヨーロッパでの迫害から難を逃れたFDIはそのままシルクロードを伝って東へ進み、ついに海まで辿りつく。そう、日本は目の前まで迫っていた。

海を超えるFDI

渡来人の中にもFDI会員が何人もいたようだ。9世紀頃の日本でしきりに楽しまれた遊戯のひとつに浮遊戯というものがある。これは渡来人が伝えたとされ、主に農耕民族文化の中で行われてきた五穀豊穣を願う祭事に起源を発する。そもそもは作物の成長を祈る雨乞いの儀式として、農耕具を雨に見立てて畑に撒き散らすというものであった。しだいにこの撒き散らす行為が主従を逆転し、投げたものの滞空時間を競う遊戯へとなっていく。農耕具から生活用具にいたるまで様々なものが宙を舞ったが、中でも軽くて丈夫な盆がよく浮いたという。当時はまだ一般に普及していなかった盆を好んで投げていたのは、農耕に直接関わることのない貴族たちだった。季節ごとに競技会を催すなど、本来の職そっちのけでこれにはまるものも大勢いたという。万葉集にも浮遊戯に興じる姿を詠んだ「野に山に千々と彩る皿盆の遠き空見しげに浮かれつつ」という歌が掲載されている。貴族たちは普段の練習として浮遊戯を行う際には、盆の代わりに板きれや、藁を蝋で固めたもの、糸を幾重にも巻きつけてできた球状のものなどを代用した。これが発展して生まれた遊戯が蹴鞠である。
一方、農民の間で浮遊戯は子どもをあやす手段として独自の進化をとげていく。泣き止まない子どもを部屋に残し、つい立ての向こう側で物を浮かせる。親は「浮きつ浮かれつどんなもの」と子どもに唄いかけ、子どもは影の形をヒントに当てるというものだ。この遊びを「降隠具(ふるいんぐ)」といい、フライングが訛ったものとされているが真偽は定かではない。

日本史に残る飛びっぷり

民衆の間でフライングどん兵衛が浸透し始めた様子は前述の通りだが、FDIの組織としての行動が日本史の中で明らかになるのは、1582年のことである。そう本能寺の変だ。織田信長は天下統一を目前にしながらも家臣明智光秀の謀反に合いこの世を去る。この時同じ家臣の羽柴秀吉は遠く中国地方の毛利家と合戦中であったが、信長暗殺の報を聞くやいなや毛利家と和睦を結び、急ぎ京へと引き返す。その道中で秀吉は明智光秀の軍を山崎の戦いにおいて滅ぼすという、この10日間の大移動は中国大返しと呼ばれ日本史上に類を見ない大行軍として語られる。しかしこの大行軍、当時の地理や装備の状況から考えるととても実現可能とは思えないのである。あまりにスムーズな動きのため、歴史研究家の中には「秀吉黒幕説」をまことしやかに唱える者もいる。
だが近年新たに見つかった資料によると、一人の武将がその秘密を明かす鍵を握っていることがわかった。その男の名は腹守動兵衛(はらのかみどんべえ)といい、秀吉の家臣として毛利家との合戦に従軍していた武将だ。この記録によると、信長の死を知った秀吉の元へ動兵衛が自らの隊を率いて進み出て何やら密談を交わしたらしい。数時間後、別の隊が様子を伺いに来ると秀吉はおろか動兵衛の隊がそっくりその場から消えていたという。残された手紙には京へ向かう旨のみが記されており、慌てて全軍が引き返したというのだ。また、合戦絵図に残る動兵衛の甲冑にアルファベットのような文字が刺繍されていることもわかった。劣化が激しく全てを読み取るのは困難だが、アルファベットと思われる文字は3文字で、最初の文字はFと読める。どうやら動兵衛はFDIの会員だったようだ。中国大返しも動兵衛のフライングどん兵衛によってひとっ飛びしたと考えると筋が通る。今後もFDIが日本史に及ぼした影響が次々と明らかになるだろう。

翁が見た夢

日本におけるFDIはその後も順調に活動を続けていたようだ。FDIの最高理念である世界平和の実現。そのために会員は主に政界での活動を重要視しているが、芸術の分野での活動もまた活発だ。17世紀末に日本各地を放浪した松尾芭蕉。彼もまたFDI会員だったと言われており、その移動の目的もFDIの普及だったと考えられている。「古池や蛙飛びこむ水の音」という俳句は、芭蕉の作として最もよく知られるものだが、これは単に自然の美しさ健やかさをありのままに詠んだものではなく、フライングどん兵衛の様子を切り取ったと考えるのが自然であろう。何より高齢の芭蕉があれだけの距離を移動できたのもフライングどん兵衛のおかげではないだろうか。同行した弟子が郷里の父母へと送った書簡には、師匠が地に足をつけず自在に各地を放浪している様が記されていた。しかしこれは、芭蕉が文字通り地に足をつけていなかったことを意味していたのではないだろうか。
冒頭でフライングどん兵衛が世界的に大流行していると伝えたが、これと同様に近年世界的に愛好者が増えているものがある。俳句だ。俳句とはこの美しい世界を愛する心が生む芸術でありFDIの理念とも一致する。この現象をFDI会員だったとされる芭蕉が知ったら、いったいどのような句を詠むだろうか。

どん兵衛の器に託された未来

さて現在のFDIであるが、もはや秘密結社と呼ぶのは無理があるほどの知名度と人気を得ている。このめざましい発展について現会長のドンバレン=フライングヌス2016はこのように語っている。「フライングどん兵衛によってめざす世界平和の実現に向けて今後も世界中の政府や組織に協力を要請していく。中でも日清食品には大きな期待を寄せている」と。そう彼の発言からも、そして何より公式の用具として認定されているどん兵衛を生産販売していることからも日清食品とFDIの関連は明らかである。社長もおそらくFDIの会員であろう。一説によると、今から40年前に日本初の和風どんぶり型カップ麺としてどん兵衛が開発されたのも、FDIの要望によるものだったという。浮かびやすさを追求した形が日本初の和風どんぶり型の秘密だったわけだ。また、同じ日清食品が製造しているカップヌードルの麺が、カップの中で浮いていることは小学生でも知っている事実だが、これはフライングどん兵衛の技術を転用していると思われる。
サイズから味まで、様々などん兵衛を開発し続ける日清食品のこれからとFDIとの関係について、社長にコメントを求めたが現段階で回答は得られていない。それにしても気になるのは、昨年より日清食品が発信し続けている言葉「どんばれ」である。この謎の言葉に込められた意味とはいったい。今後もFDIと日清食品、この二つの組織から目を離してはならない。なぜなら彼らもまた、あなたたちを見続けているのだから。

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